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教養得るのは今日よ

画家の内海信彦氏の25回連続講座が
最終回を迎えるとの事で足を運ぶ。
氏は自分が浪人時代に世話になった恩師なのであるが
顔を出すのが随分久方ぶりになってしまった。

色々と思う所はあるものの、相変わらず、というか前にも増して
ドエライ方だとつくづく思う。その教養の深さにも感嘆する。
いや、本人も言っていたが、おそらくあれくらいが
物を作る・この道を行く者としては当然なのかもしれない。
そういえば、かのユーリ・ノルシュテインが来日し
とあるアニメスタジオで講義を行った際にも、
日本のアニメ業界が行き詰まりつつある一つの要因として
若いクリエーターの圧倒的な教養の無さを指摘したらしい。
押井守氏も似たような事を言っていた。
ゲームばっかりやってる奴にゲームは作れないだの
アニメオタクにアニメは作れないだのという話も
似たように良く聞く話であるが、まあ言いたい事は似たような
事なのであろう。つまり現代では、何かをやりたいと思ったなら
ひたすらそれさえやってればいい
だって他は必要ない(無駄)でしょ?
といった風潮が強く根付いているのではないかと思う。
別にこれはクリエーターだのなんだのに限った話ではなく
あらゆる方面について言えることであろう。
おそらくこの風潮は現代までの学問や組織の肥大化による
細分化・専門化による効率化を押し進めた結果
生み出された功罪の一つなのではないだろうか。
だが、現在学問やその他機関もその行き過ぎた
細分化・専門化に一つの行き詰まりを
感じているのも事実であろうし、別に古いから良いという
訳でもないが元来学問から何から人の文化としては限りなく
分け隔てない物であった事を考えれば、そこに何らかの
支障が現れるのは何も不自然な事ではないだろう。
そしてなにより、「教養」とゆうのは本来
それ以前の問題なのではないかと思う。
特にこの情報化が進み、自ら調べ学ぼうと思えば
いくらでも学べる社会に生きていながら
無教養に生きているというのは、もしかしたら
ひどく恥ずかしい事なのかもしれない。


話が少し逸れてきた
まあ確かに、あのアニメばっか見てアニメ作りました〜
って感じのアニメって(まあそれはそれで面白いんだが)
どこか薄っぺらいような気がしないでもない。
おそらく、作家やクリエーターの人に言わせれば
その専門分野についてやっている、知っているという事は
ある程度「当り前」なのであろう。
自分もまだまだ勉強不足のようである。


そう、やる事は腐る程ある。

だが、そんな事を考えながらも
ドラクエ(いまさらⅦ)のレベル上げに勤しむ日々なのである。


どうやら自分は、恥ずかしい人間のようだ。




いやガボのレベル上げてる暇があったら
その前に自分のレベル上げろと。
いや、もしかしたらドラクエも十分に教養か・・・?
もうよくわからん。






内海信彦official web site
http://www.fides.dti.ne.jp/~n-utsumi/